静岡県浜松市浜北区根堅祭典

う組について

まず、う組についてご説明する前に、雲岩寺について触れておきたいと思います。

雲岩寺という名称の由来

およそ600年前、明徳4年に「曹洞宗洞竜山雲岩寺」というお寺が建立されました。
慶長19年(1614年)徳川家康によって、寺号が竜泉寺と改められ、部落名は雲岩寺としてそのまま残り今に伝えられています。
「墨田ヶ池」も竜泉寺の境内にあり、赤蛇伝説により、墨つぼ形の池を竜女が一夜のうちに掘ったと伝えられ、湧水やむことなく今に続いております。
幕末時代、小さな部落が、雲岩寺村となり、「花平近藤」が領主となり、治められていました。
時が移り変わり雲岩寺村が消え、根堅村、赤佐村、そして浜北市(現浜松市浜北区)となりました。

(雲岩寺音頭カセットテープ付録より引用)

六所神社

山の中腹にある神社。
10月には六所神社の祭典が行われる。

法被について

う組の法被は現在の法被を含め3つあります。
D1010083.JPG
左が一番古い法被です。中央が一つ前、右が現在の法被です。

現在の法被が出来た理由は、中央の法被の色が統一されていなかったことがあります。
そのため、写真や本団が作るポスターに写ったときにみっともなく見えていました。
そこで若連が中心となり、昔の法被(左の法被)の形を余り崩さず、新しい法被を作りました。